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2013年7月3日

ヨハン・シュトラウス喜歌劇「こうもり」

ヨハンシュトラウスの喜歌劇「こうもり」と言えば恐らく多くの人はカルロス・クライバーの指揮したCD(DVD)を推すのではないだろうか。私は違う。

クライバーの勢いのある切れのいい演奏はとても素晴らしいが、カール・ベームの指揮したCD(DVD)がステキである。それはなんといっても歌が素晴らしいからである。「こうもり」ごときに大歌手は必要ないといえばそれまでであるが、いや大歌手が大歌手然とした歌を披露しているのではなく、なんともまあ洒落た歌で名人芸を繰り広げていてすごく楽しいのだ。大ヘルデンテナー、ヴィントガッセンのオルロフスキー男爵は大正解、ヤノヴィッツの美しいロザリンデ、ヴェヒタ―のアイゼンシュタイン・・・・(配役詳細は下記参照)

ベームの指揮は相変らず無粋で面白くは無いが、普段よりは武骨さが少なくウィ-ン・フィルからたっぷりとした良い音を引き出している。


アイゼンシュタイン  エバーハルト・ヴェヒター
ロザリンデ  グンドゥラ・ヤノヴィッツ
アデーレ  レナーテ・ホルム
刑務所長フランク  エーリヒ・クンツ
オルロフスキー侯爵  ヴォルフガング・ヴィントガッセン
アルフレート  ヴァルデマール・クメント
ファルケ博士  ハインツ・ホレチェック
その他

カール・ベーム指揮 ウィ―ンフィルハーモニー管弦楽団、ウィ―ン国立歌劇場合唱団


私としてベームはまったく好きな指揮者ではないのだが、モーツァルトのレクィエムとこの「こうもり」だけは愛聴盤である。


2013年6月23日

ダニエル・ハーディングのマーラー「悲劇的」




2013年6月21日(金)、新日本フィルハーモニー交響楽団定期。クールで熱いマーラーを堪能した。

昨年の同じく新日本フィルとのマーラーの5番はスマート過ぎて今ひとつ感銘が薄かったのだが今回の6番は違った。クールな路線はいつものハーディングであるが今回の演奏には何かが加わっていた。

快適なテンポの第一楽章は情念はあまり感じられないが各楽器を丁寧に鳴らしたスタイリッシュなアレグロ・マ・ノントロッポ。次に置かれた第二楽章(アンダンテ・モデラート)ではよく練磨された弦と美しい音色のホルン!とでほんとうに美しいアンダンテ・モデラート。第三楽章スケルツォは重くは無いが諧謔性十分。そして壮大に構築されたフィナーレ。

この曲に濃密な情念を求める向きには物足りなさが残るかもしれないが、ハーディングの演奏はテンポや歌わせ方で聴衆をねじ伏せる演奏では全く無い。しかし恐らくマーラーの書いた音符を忠実にまた着実に音にすることによってその曲の持つ全てをきちんと表現し尽くしているものと思われる。マーラーの演奏では私が愛してやまないベルナルト・ハイティンクのマーラーに通ずるところがある。楽曲を楽譜に忠実に誇張無しにバランスを保ちながらオケの実力で構築してゆくスタイル。

ハイティンクの場合コンセルトへボウ(あるいはベルリンフィル等々)という超優秀なオケがあってこそ成しえたということを考えれば、同じ意味で新日本フィルのパフォーマンスの高さを賞賛しなければならない。最近評判の良いと言われる読売日本交響楽団を立て続けて聴いたばかりであるが私の好みは新日フィルである。(ついでに言えば感動しなかった公演のことはこのブログでは取り上げないことにしている)

当日のオーケストラの出来はというと、木管群はいつものことながら超優秀。弦楽器も高水準でトータルでやはり素晴らしいのひとこと。ただ一部ホルンにミスが散見された。8名の奏者を揃えることが大変だということか。

あとですね、これは故意なのかどうか、例の終楽章のハンマーの一撃が二回とも若干早すぎたように聞こえたのですが。間違っていたらすみません。


2013年4月29日

ミュンヘンのウォルフガング・サヴァリッシュ

ミュンヘン出身のサヴァリッシュが2月に亡くなって何か書こうと思っていたのだが今になってしまった。彼の訃報に接する数日前、私は台北のCDショップでバイエルン国立管を振ったブルックナーの第5交響曲を購入した。名演である。

日本ではしばしばN響を振り非常に知られた指揮者ではあったが音楽が知的に整理されすぎて熱狂からは距離がある指揮者という印象であって、巨匠と呼ばれることは無かったように思う。

しかしながら彼の本領はオペラで発揮されたし、本拠地のミュンヘンでの活動において名演を多く達成していたように思われる。彼がミュンヘンのオペラと残した録音はどれも素晴らしい。影のない女、マイスタージンガーなど超弩級の名盤。

私はミュンヘンでカール・ベームが振るフィデリオを観るために劇場に行ったのだが、指揮がベームではなくサヴァリッシュに変更になっていてがっかりした。しかしキング、ベーレンスの熱唱とともに老体のベームでは体験できないであろうきりりと引き締まった一分の隙もない極めて緊張感の高い演奏は稀にみる大きな感動をもたらしてくれた。終演後はベームの病気に心から感謝したものだ。

かつてはドンジョバンニなど、海賊盤ではあったが、ミュンヘンでの上演ライブが発売されていたこともある。当時の多くのオペラのライブが登場することを願うものである。




Wolfgang Sawallisch、 2013年2月22日ミュンヘンで没、享年89歳



2013年4月27日

中村彜(なかむら つね)、37年の生涯

明治末期から大正にかけて僅か37年の、しかも画家としての時期は病に侵されながら過ごした中村彜の作品を見ながら様々なことを考えた。たしかに彼の、作品によってはレンブラント、ルノワール、ゴッホを思い浮かべさせられる作品は、西洋名画の影響を強く受けた絵画として語られるだけであるとすれば、それは大変残念なことである。規模の大きな作品展示ではないにせよ一人の画家の絵をまとめて見る機会は多くあるものではない。この企画も実は新宿区にかつて彼が晩年病魔に侵されながらも作品を描き続けた彼の下落合のアトリエが記念館として復元されたことがきっかけになっている。

実は私も彼の作品をナマで見るのは初めてであり、たまたま新宿区立歴史博物館を訪れなければ永久にその名品たちに出会うことが無かったかも知れない。今回の展示で見ることのきる作品数は30点である。

彼が新宿中村屋の創業者の援助を受けて中村屋本店の裏にあるアトリエを貸し与えられ、作品を描いたのだが、その娘との関係、親兄弟との死別、病気のこと、故郷茨城のこと、千葉の海辺のこと。大島のこと。彼の短い生涯が彼の作品とともに、まるで小説を読むように受けとめることができる。

さらに中村彜の作品を見たいと思った。


2013年2月3日

音楽と音の質

ステレオ録音以前の例えばトスカニーニ、フルトヴェングラーなどの巨匠の音楽が素晴らしい、と言われても私は聴く気になれない。理由は音がステレオ録音に比べて良くないからである。

最近オーディオショップが本当に少なくなってしまった。かなり高級品を扱う店は辛うじて営業しているようであるが、アンプやスピーカーに十万、百万単位のお金をかけることができない身としてはあらかじめ深みに入り込まないように敢えて見て見ぬふりをする。残念ではあるが。

再生装置にお金をかけるのであれば、そのお金をCDやコンサートに投資したいとも思うので私の装置は全く大したことはない。でも自分が家で聴く音は悪くは無いと思うし、まずまず満足している。





例えばNHK交響楽団がホームグランドのNHKホールで感動的な演奏をしたことは極めて少ないのではないだろうか。N響のサントリーホールでの演奏ならば感動的な演奏会にぶち当たる確率はNHKでのそれより高いと思うのだが、どうだろう。

良いオケには良いホールが必須であるということだ。コンセルトヘボウしかりウィ-ンフィルしかりボストン響しかりである。オケを例に挙げたが、それはどんなジャンルにも当てはまる。




ライヴであれば良い演奏と良いホール。

録音であれば、やはり良い演奏と良いホール。そしてに良い録音と良い再生装置。
以上が必須なのである。


だから大昔の大家の演奏を聴く気になれないのである。
みなさんどう思われますか?