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2015年6月19日

マトルズ ダンス


今日のサントリーホールでの安江佐和子のコンサートの掉尾を飾ったこの曲の演奏!
お昼前の一時間のコンサートにしてはあまりにも凄すぎる、お腹いっぱいでランチはしばらくしてから。

今家に帰り彼女のCDを聞き直している。この曲、ピアノは今日と同じ稲垣聡。しかし印象は随分違う。CDは非常に整った演奏。今日はまるでフルオケによる春の祭典を聴くような迫力!

私はCDは別としても2008年のオペラシティのリサイタル、2011年上野の森コンサート、そして今日のコンサートと多分少なくともこの曲の実演は三回経験しているがいつも最高のパフォーマンスであることに変わりない。いつでもベストを目指して演奏してくれるから毎回感動を得ることとなる。

それから今日のコンサートは短い時間のなかで、天羽明恵との自作世界初演もありの盛りだくさんの内容、ピアノ、フルート、ソプラノ、共演者との呼吸もピタリ。そして演奏のみならず共演者たちとの「しゃべり」の呼吸も同様。軽妙洒脱で楽しいひとときでもあった。





2013年6月23日

ダニエル・ハーディングのマーラー「悲劇的」




2013年6月21日(金)、新日本フィルハーモニー交響楽団定期。クールで熱いマーラーを堪能した。

昨年の同じく新日本フィルとのマーラーの5番はスマート過ぎて今ひとつ感銘が薄かったのだが今回の6番は違った。クールな路線はいつものハーディングであるが今回の演奏には何かが加わっていた。

快適なテンポの第一楽章は情念はあまり感じられないが各楽器を丁寧に鳴らしたスタイリッシュなアレグロ・マ・ノントロッポ。次に置かれた第二楽章(アンダンテ・モデラート)ではよく練磨された弦と美しい音色のホルン!とでほんとうに美しいアンダンテ・モデラート。第三楽章スケルツォは重くは無いが諧謔性十分。そして壮大に構築されたフィナーレ。

この曲に濃密な情念を求める向きには物足りなさが残るかもしれないが、ハーディングの演奏はテンポや歌わせ方で聴衆をねじ伏せる演奏では全く無い。しかし恐らくマーラーの書いた音符を忠実にまた着実に音にすることによってその曲の持つ全てをきちんと表現し尽くしているものと思われる。マーラーの演奏では私が愛してやまないベルナルト・ハイティンクのマーラーに通ずるところがある。楽曲を楽譜に忠実に誇張無しにバランスを保ちながらオケの実力で構築してゆくスタイル。

ハイティンクの場合コンセルトへボウ(あるいはベルリンフィル等々)という超優秀なオケがあってこそ成しえたということを考えれば、同じ意味で新日本フィルのパフォーマンスの高さを賞賛しなければならない。最近評判の良いと言われる読売日本交響楽団を立て続けて聴いたばかりであるが私の好みは新日フィルである。(ついでに言えば感動しなかった公演のことはこのブログでは取り上げないことにしている)

当日のオーケストラの出来はというと、木管群はいつものことながら超優秀。弦楽器も高水準でトータルでやはり素晴らしいのひとこと。ただ一部ホルンにミスが散見された。8名の奏者を揃えることが大変だということか。

あとですね、これは故意なのかどうか、例の終楽章のハンマーの一撃が二回とも若干早すぎたように聞こえたのですが。間違っていたらすみません。


2012年10月28日

指揮者の祭典 桐朋学園音楽部門創立60年




桐朋出身の指揮者が14人も登場しオーケストラを振る。その音楽会、「指揮者の祭典」というコンサートだから小曲を沢山聴くことになるのかな、ということで二の足を踏んでいたのだが、結果大変素晴らしいコンサートであったので行って大変良かった。もちろん指揮者の役割は重要なのだろうが、指揮者がどうのと言うことよりも桐朋出身の名手たちから成るオーケストラの演奏が非常に素晴らしかった。そしてそのことがコンサート成功の主因である。

オケのしんがりは飯守泰次郎のマイスタージンガー前奏曲。この曲で鳥肌がたつとは思わなかった。特に弦楽器の合奏の、滔々と流れる旋律美は世界最高峰の合奏と言っても過言ではないだろう。

私が実演で初めて聴いたワーグナーは二期会のタンホイザー。飯守の指揮であった。先日も新国立ではツェムリンスキーとラヴェルのオペラで素晴らしい指揮を聴かせて貰ったし。彼は本場でのオペラ経験が豊富。

そういえば武満作品を振った井上道義は若い頃にウイーン国立歌劇場だったと思うが、観客として見かけたのを思い出した。勉強していたのだろう1970年代の終わりごろのことだ。最近では私が金沢に赴任中の3年間、アンサンブル金沢で何回も聴くことが出来たが、白眉はNJPとの合同演奏会のマーラーの第3番。

トリを務めた秋山和慶は火の鳥を振った。私が学生の頃、ヘンリク・シェリング来日時の伴奏ではあったのだが、ベートーヴェンのコンチェルトが立派であったことを思い出した。当時は小沢の派手さの陰にあり地味な感じではあったが確かな演奏をすることでわれわれは一目を置いていた指揮者であった。当夜の火の鳥、ホルンのミスはあったが素晴らしい演奏であった。

ソリストについてもチェロの長谷川陽子、パーカッションの安江佐和子などなど、感動を与えてくれた演奏家が沢山いるのだが、続きはまたの機会に。

実はこのコンサートの前後に今絶好調と言われている読響を同じホールで聞いたのだが鳥肌はたたなかったなあ。

日本の西洋音楽演奏の歴史を芸大とともに作ってきた桐朋学園のしかもその桐朋出身のなかでもエリートたちの演奏を聞き、その演奏から感動を得るとともに、過去からの様々な感動の瞬間が思い出された。私にとってそんな一夜であった。(つづく)






                                                                                                                                          


  
 曲目
  • ワーグナー: 『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲
  • ストラヴィンスキー: 組曲『火の鳥』(1919)
  • エネスコ: ルーマニア狂詩曲第1番 イ長調
  • 武満徹: 弦楽オーケストラのための 3つの映画音楽 から
  • ドヴォルザーク: スラヴ舞曲 ハ長調 op.46-1,op.46-8, op.72-2
  • ブラームス: ハンガリー舞曲第1番 第5番

    指揮
秋山和慶、飯守泰次郎、黒岩英臣、井上道義、大山平一郎、増井信貴、高関健、北原幸男、大友直人、梅田俊明、山下一史、曽我大介、寺岡清高、十束尚宏
   出演
徳永二男、豊嶋泰嗣(Vn)、店村眞積(Va)、堤剛(Vc)ほか
   演奏
桐朋学園同窓会オーケストラ





2011年3月20日

午後の音楽散歩 角口圭都リサイタル

一週間ぶりに音楽を聴いた。あの大地震の前以来である。1時間の短いコンサートであったけれど、いろいろ考えるところが多かった。
多くのイヴェントやコンサートが中止となっているさなか・・。でも聴衆は集まった。当日券も売れていた。新人の初のリサイタルにもかかわらずほぼ満員。演奏家は音楽家に出来ることは音楽だ。と言う。
確かに死んでしまった人は多く、行方不明の人も多く、悲しみ、苦しんでいる人々も多い。しかしすべてが元通りにはならない。しかし一刻も早く、若い人、子供たちの明るい将来に向けて、私たちは皆それぞれが出来ることを着実にそして精一杯行うだけである。経済活動の停滞を助長させることのないように。
昨年4月のOEKの登竜門コンサートでソリストとしてOEKデビューした角口圭都はたった一時間のなかで密度の高いコンサートを作り上げていた、まず「カルメンラプソディー」でいきなり川岸麻理のピアノとともに流麗なテクニックを披瀝する。次のCPEバッハの無伴奏ソナタではじっくりソロを聴かせ、彼女の一番好きな曲という「なき王女のパヴァーヌ」でしっとり。(サックスでも違和感無し)。後半は石川県出身の中田真砂美を加えての演奏。息の合った星出尚志の「チェィサー」の後、今日の白眉、角口と川岸によるデザンクロ作曲「プレリュード、カデンツとフィナーレ」。サックス奏者にとっては避けて通れない曲(角口)とのことであるが流麗なテクニックで吹ききっていた。初めて聴いたが、何かドビュッシーの「海」を聞くような感覚。最後の中田、川岸とのピアソラ・メドレー(角口編曲)も乗り乗りの演奏。構成も良かった。(於、金沢県立音楽堂交流ホール)