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大娘水餃=「おばさんの水餃子」で昼食をとったのだが・・・。
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今般の大地震、原発事故のこともあって、日本へ行く事に関しては周囲からは強く反対されてしまう。それでも、日本で勉強したいと思う学生本人たちはさまざま情報を入手し、事実を客観的に捉え判断する。だから留学しようとする意志は強い。
ところで中国の発展は高速鉄道の例を出すまでも無く、各分野で目覚しい。GDPもついにわが国を抜き去ってしまった。たしかに物価は上がっておりデフレ傾向であることも感じたし、しかし一方で昔の貧しい中国の風景とおしゃれな若者の装いや「高鉄」などが何かまったくアンバランスな光景を生み出している。
3日目の昼食は、街なかで満席の快餐(ファースト・フード)の水餃子屋で食事をしたのだが、店の中では物乞い(それも一人だけではない)がテーブルをまわりながら客に笑顔でしつこく金を要求していた。そして、それを誰もが無視しいる。店員までも。日本人の感覚からすれば、ありえない光景であった。
中国人異質論が話題となる場合、私は直ちに日本人異質論を唱えるのだが。しかしあえて言うのだが、一般中国人の最も大きな特徴は、歴史的に侵略をされ続けた背景が大きく影響していて、自己を守るための意識が強くなりすぎているということである。だから他人が何をしようが構わないし、本人も他人の目を気にしないということだ。自分を守るのは国家でも組織でもない。それは自分だけという思想。日本人のように周囲に気を使うということが少ないということだ。
良い悪いの問題じゃない。むしろ本質的にはよほど社会主義化されたわが国の社会のなかで、突き進んできた極端かつ急激な、そして「平等な」成長はろくな結果を生まないということを日本は証明しつつあるように思えてならない。
だから国家の発展、すなわち経済成長や高速鉄道の発達はどうでもよいことで、自分あるいは家族が良い生活が出来れば良いと大多数が思うのだ。だから日本のように公共性のある社会というものは実現しないだろうし、秩序を慮る社会の実現は夢の夢ということだ。いったい進歩とか発展とは何なのか。少子高齢化でもはや成長の望めない日本。あの高度成長のあとの現在(いま)は何なのか。答えは出ない。
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