Translate

2011年4月2日

引っ越し

 3年間の金沢勤務を終え、東京に帰ってきた。多くのグループ、組織とかかわり非常にたくさんの人と出会った。まだまだやり残したこと、行くことが出来なかった場所もあるのだが・・。まあこれで良しとしよう。
 さて転勤の際の、いつも悩ましいのが引越しである。物が増えてしまうのだが、全部持って行くことは出来ない。特に東京に戻る時は狭隘な自宅なのでなおさらだ。無駄が非常に多い。しかも必ず引越しの時には何かがなくなるのだ。前にも書いたことで未練たらしいが、ワンダ・ウィウコミルスカのブラームスはどこに行ったのか。今では中古でも手に入らない。なぜか新譜のリザ・バティアッシュヴィリのショスタコヴィッチを聴きながら思い出した。次から次へ出てくるCDを全部聴くことは出来ないがこのようなショスタコに出会うこともあるものだから、過去の名演にこだわることもなかろうと、思い返してみたり・・。
 せっせと買い込んだCDの多くは売却せざるを得なくなる。しかしCDは怖いことに1-2度ではわからず何回も聴いて良さを認識する場合もあるから厄介だ。内田光子のクリーヴランド管とのモーツァルトは装飾音が多かったり、テンポの動かし方も思い入れが強い感じで恣意的な感じがして、一回聴いて駄目と思い込み売却したつもりでいた。ところが引越しの荷造り中に見つけたのでもう一度聴き返してみた。これが「良い」に変わり、今東京の自宅でハ短調を聴いているところ。「最高に良い」感じで大変深いモーツァルト。音楽は聴き手も場所、体調、心境などなど環境で受ける印象もだいぶ変わる。

0 件のコメント:

コメントを投稿